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  • 2019.07.15

葬儀費用は誰が負担すべきであるか。

弁護士 村 上 公 一 

  葬儀費用は誰が負担すべきであるか。学問上の重要論点ではないが、実務上は、ゆるがせにできない問題である。そこで、この問題について考えてみた。

1  相続紛争では,葬儀費用の負担に関して議論が生じることが珍しくない。ところが,現行民法は,葬儀費用の負担に関して明文の規律を設けていない。判例学説にも諸説があり,時代とともに揺れ動きがある(後述)。相続法改正(平成30年法律第72号)に先立つ法制審議会・民法(相続関係)部会における審議の過程においても,葬儀費用の負担に関する意見は委員から発言されたが,審議の論点として採用されなかった[1]

2  戦前の家督相続制度のもとでの一般的な風習として,葬儀を含めて祭祀の主宰者は戸主であり,祭祀費用は,戸主が有する家の財産(家産)から支弁されるべきものとされていた。その場合において,①戸主が死亡したときには,家督相続により家産を承継した新戸主が葬儀を主宰し,家産から葬儀費用を支出することになり,②「家族」(戸主を除く家の構成員を意味する。旧規定732条)が死亡したときには,戸主が葬儀を主宰し,家産から葬儀費用を支弁することになる[2]。そのこと自体について民法の旧規定には直接的な規定はない。しかし,「系譜,祭具及び墳墓の所有権は家督相続の特権に属す」という旧規定987条の定めは,戸主が祭祀の主宰者であり,家産から祭祀費用が支弁されるべきであるとする観念や風習を当然の前提にしている[3]

3  昭和22年法律第222号による民法改正によって,家督相続制度が廃止され,共同相続制度が採用された。その改正では,旧規定987条を削除したが,祭祀財産は共同相続に適さないという考慮から例外的な規律を設けることになり,祭具承継者(897条1項)の制度が新設された(『新版注釈民法(27)』129頁参照)。しかし,民法は,祭祀費用の負担の帰属について特に規定を設けなかった[4]

4   誰が葬儀費用を負担すべきであるかという問題は,思考の整理上,(a) 葬儀の挙行のために葬儀業者等との間に締結した葬儀契約における債務者は誰であるかという問題と(b) 葬儀費用の最終的な負担がいかにあるべきか(共同相続人の共同負担になるのか,葬儀費用を相続財産から支弁することは可能であるか)という問題に一応分解することできよう。

5  (a)の問題は,一般的な契約当事者確定に関する認定・判断の問題と異なる問題ではない。死者が生前に葬儀業者との間で葬儀契約を締結していた場合は,葬儀費用は相続債務になる。しかし,そうでないケースでは,相続開始後に遺族の一人(通常は喪主)が葬儀業者との間に締結した契約であるから,その債務は,相続債務にはならず,葬儀契約を締結した者(通常は喪主)に帰属する。

6 (b)の問題は,葬儀契約によって生じた経済負担についての最終的な帰属がどうなるのかという問題である。この点について,過去には判例学説が分かれていた。昭和30~40年代は,むしろ共同相続人の共同負担になるという判例が有力であったように思われる[5]。しかし,現在の判例学説の主流的見解によれば,相続人間の合意によって葬儀費用の負担の在り方を定めることが可能であることは別論としても,そのような合意がない限り,第一次的には葬儀等行事を主宰しその収支を掌握する者が葬儀費用を負担すべきであると解されている(東京地裁昭和61年1月28日判決・判例時報1222号79頁など)[6]

7   同様の解釈に立脚する名古屋高等裁判所平成23年(ネ)968号・平成24年3月29日判決(裁判所ウェブサイト)は,次のように述べる。
「葬儀費用とは,死者の追悼儀式に要する費用及び埋葬等の行為に要する費用(死体の検案に要する費用,死亡届に要する費用,死体の運搬に要する費用及び火葬に要する費用等)と解されるが,亡くなった者が予め自らの葬儀に関する契約を締結するなどしておらず,かつ,亡くなった者の相続人や関係者の間で葬儀費用の負担についての合意がない場合においては,追悼儀式に要する費用については同儀式を主宰した者,すなわち,自己の責任と計算において,同儀式を準備し,手配等して挙行した者が負担し,埋葬等の行為に要する費用については亡くなった者の祭祀承継者が負担するものと解するのが相当である。なぜならば,亡くなった者が予め自らの葬儀に関する契約を締結するなどしておらず,かつ,亡くなった者の相続人や関係者の間で葬儀費用の負担についての合意がない場合においては,追悼儀式を行うか否か,同儀式を行うにしても,同儀式の規模をどの程度にし,どれだけの費用をかけるかについては,もっぱら同儀式の主宰者がその責任において決定し,実施するものであるから,同儀式を主宰する者が同費用を負担するのが相当であり,他方,遺骸又は遺骨の所有権は,民法897条に従って慣習上,死者の祭祀を主宰すべき者に帰属するものと解される(最高裁平成元年7月18日第三小法廷判決・家裁月報41巻10号128頁参照)ので,その管理,処分に要する費用も祭祀を主宰すべき者が負担すべきものと解するのが相当であるからである。」 

8  この問題については、結局のところ、次のような理解をしてよいのではないか。喪主が契約者となって葬儀費用を支出した場合には,その支出を他に求償できる根拠はなく,不当利得返還請求権も成立しない。民法は,葬儀費用にかかる喪主の経済負担を他に転嫁しうる根拠を用意していない[7]。かかる消極的な理由から喪主負担の原則が導かれると考える。もちろん,葬儀費用等の経済負担の在り方に関し,遺族の自由な意思によって協力関係が形成されることはあってよい。たとえば,相続預金を払い戻して葬儀費用を支出することを相続人が合意するケースは多々あるし,相続財産が不十分な場合において遺族が自己資金を持ち寄って葬儀費用を捻出するケースもある。遺族間においてそのような協力関係が形成されることは、あってよいことであり、そのことについて消極的な評価をする意図は全くない。しかしながら,葬儀費用に関し,遺族間において何らかの合意が成立しないかぎり,当然にはこれを相続財産から支弁することができないし、共同相続人全員が負担すべき債務になるわけでもない。

 



[1] 第20回議事録13頁(窪田充見委員の発言)

[2] この論点をめぐって,一般先取特権を規定した民法306条3号・309条の解釈がしばしば議論になる。この先取特権の規定は,古い沿革を引きずっており,立法論・解釈論の両面において大きな問題を抱えている。特に309条1項の「債務者」の要件には問題がある。同条については,昭和22年法律第222号及び平成16年法律第147号の民法改正によって文言の修正はあったが,抜本的な見直しを受けないまま推移している。明治29年の立法時の308条の文言は、「葬式費用ノ先取特権ハ債務者ノ身分ニ応シテ為シタル葬式ノ費用ニ付キ存在ス(1項)」,「前項ノ先取特権ハ債務者カ其扶養スヘキ親族又ハ家族ノ身分ニ応シテ為シタル葬式ノ費用ニ付テモ亦存在ス(2項)」であった。この1項と2項の関係は,家制度・家督相続制度を前提にした①と②の構造的差異を意識した規律であると考えられる(梅謙次郎『(訂正増補)民法要義』(巻之二物権編)(復刻版)334頁参照)。ボアソナード民法にも酷似する規定(債権担保編137条・139条)がある。先取特権制度の淵源はフランス民法にある。

[3] 旧親族法・旧相続法に関する文献は少ないが,大里知彦『旧法親族相続戸籍の基礎知識』(テイハン)がある。国立国会図書館デジタルコレクション(http://dl.ndl.go.jp)は,インターネットを通じて、過去の官報のほか,著作物の保護期間が切れた古い学術文献を閲覧し,PDFファイルをダウンロードすることができる。

[4] 昭和22年の改正において、葬式費用の先取特権に関する旧308条2項における「又ハ家族」の文言が削られた。従来の「家族」の概念は,家制度を前提にした概念(旧規定732条)であったからである。308条は、昭和24年民法改正により、条文番号が309条に変更された。平成16年民法改正(現代語化)における文言修正においては、死者(被相続人)が葬儀費用の債務者であるかのごとき印象を強く与える文章表現に改められた。葬儀費用の先取特権についての判例としては、東京高裁平成21年10月20日・金融法務事情1896-88がある。

[5]最高裁判所事務総局編『改訂家事執務資料集中巻の三』623頁以下に詳しい。なお,東京高裁昭和51年5月27日判決・判例時報827号58頁は,「右葬儀関係費用等は、本来被相続人の債務ではないが、遺留分の計算上はこれを含めて計算するのが相当である。しかし、これらの費用は、通常香典等葬儀に関する入金から収支に大きな差を生じないよう運用されることが多く、本件では、右入金額について被控訴人らは主張立証しないから、右入金額を越えてその債務が残存したとするのは相当ではない。」と判示した。

[6] この見解によると,相続財産に関する費用負担について規定する民法885条は,葬儀費用の負担に関して適用(又は類推適用)されない。

[7] 喪主が名前だけの形式にすぎない場合もある。あるいは,喪主に支障が発生したために他の親族が取り急ぎ葬儀契約をするというような場合も観念できよう。このようなイレギュラーなケースにおける負担の帰属に関しては,別途の検討が必要であろう。

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