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  • 2018.11.20

不動産の無権限処分者の責任と改正民法906条の2について

弁護士 村  上  公  一 

1   平成30年相続法改正による民法906条の2の適用範囲について検討してみたい。まず,前提的な整理として,A所有の不動産をBが権限なく第三者Cに売却した場合においてBが負う損害賠償責任について検討する。ここでは,所有権者Aの承諾がないのに,Bが必要書類の偽造(又は流用)をすることによって,Aが認識しないまま不動産が売却され,Bが売買代金を受け取り,登記名義もCに移転したという単純な事例を想定する。この種の事案は,職業的な犯罪グループ(地面師)が引き起こす事件のみならず,同居親族が,所有者本人の実印や印鑑カードの保管場所を知っており持ち出せるという事実状態を利用することによって発生させる場合がある。

2    このような場合,特段の事情がないかぎり,AはCに対して,不動産の引渡しと抹消登記手続を請求しうる。それでは,Aは,Cに対してその請求をせずにBに対して損害賠償を請求しうるのだろうか。これを否定する人は少ないと思われる。では,その損害として,所有権喪失の損害が発生したと主張し,所有権の価額を損害額として賠償請求をすることができるのであろうか。

3    これを肯定する見解に対しては,不動産が無権限者(B)によって売却されたからといって,直ちにその所有権が所有者(A)から第三者(C)に移転するわけではなく,所有者(A)が第三者(C)に対して返還請求等をすることによって侵害状態の是正が可能であるから,所有権喪失という事態が生じないのではないかという疑義がある。しかし,それはあまりに理論走りした見解ではないか。

 折衷的な見解として,AがBによる売却行為を追認したうえでBに対して損害賠償を請求するのであれば可能であるという見解がある。この追認は,当該処分による権利移転は認めるが,処分者の行為の違法性までは治癒させないという意味で相対的な追認になる。また,厳密な意味での所有権喪失が発生していなくても,「社会通念上,被害の回復が不能」という事態になれば所有権喪失の損害があるという解釈論も成立可能であるが,そこまで基準を高く設定しなくてもよいのではないかと思われる。

4    ところで,不動産が無権限にて売却され,所有権移転登記も経由された場合には,以後,その表見的な権利関係を基礎にして更なる権利関係(転売,賃貸権設定,抵当権設定など)が積み重ねられるとともに,造成工事や建築工事によって不動産の現況が改変されることがある。私が過去に担当した事件では,無権限による土地売却の後,買主が事業者となって土地上に分譲マンション(区分所有建物)を建築したため,土地は複数の区分所有者が有する敷地利用権の対象になっていた。

5    このように多岐にわたる権利関係が発生するに至った状況において,所有者が,登記名義人や占有者を相手方として法的手続(訴訟,仮処分)をとることは,平穏な事実状態に突然混乱を惹起する行為であるばかりでなく,解決に多大な時間・労力・費用を投入する必要があり,負担が極めて大きい。それは,社会通念上,著しく困難なことである。他方,無権限行為を行なった者が,その賠償責任を免れるために,法的手続をとれば被害の回復が可能である旨の主張をして請求を争うことは,信義則上許されない。このような状況において紛議や混乱を外部に広げないで形でAB間において問題解決を図る方途が認められることは,利害関係ある第三者の立場から見ても期待に沿うところであり,社会経済上の観点からも是認できるところである。

6    無権限者による権利行使によって発生した債権侵害の事案では,不当利得返還請求権(最高裁平成16年10月26日判決・判例時報1881号64頁)及び不法行為による損害賠償請求権(最高裁平成23年2月18日判決・判例時報2109号50頁)の成否を論ずるうえにおいて,その支払いが有効な弁済になるかどうか,すなわち侵害を受けた債権者が依然として債権者としての権利行使ができるかどうかは問われるべきでないという法理が確立していると思われる。

7    平成16年最高裁判決は,次のように言う。「(1) 上告人は,本件各金融機関から被上告人相続分の預金について自ら受領権限があるものとして払戻しを受けておきながら,被上告人から提起された本件訴訟において,一転して,本件各金融機関に過失があるとして,自らが受けた上記払戻しが無効であるなどと主張するに至ったものであること,(2) 仮に,上告人が,本件各金融機関がした上記払戻しの民法478条の弁済としての有効性を争って,被上告人の本訴請求の棄却を求めることができるとすると,被上告人は,本件各金融機関が上記払戻しをするに当たり善意無過失であったか否かという,自らが関与していない問題についての判断をした上で訴訟の相手方を選択しなければならないということになるが,何ら非のない被上告人が上告人との関係でこのような訴訟上の負担を受忍しなければならない理由はないことなどの諸点にかんがみると,上告人が上記のような主張をして被上告人の本訴請求を争うことは,信義誠実の原則に反し許されないものというべきである。」

8    この場合,債権者は,当該債権の履行請求権の消長にかかわらず,無権限にて預金の払戻しを受けた者に対して損害賠償請求をすることができる。この考え方は,無権限者による不動産処分の事案についても同様の解釈を導くものである。

9    この問題に関連して,平成30年相続法改正において新設された第906条の2(遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲)の適用範囲について私見を交えて解説しておきたい。

(1) 同条1項は,「遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても,共同相続人は,その全員の同意により,当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる。」と規定している。

(2) その趣旨は次のとおりである。相続開始後,遺産分割前に,処分が行なわれることによって遺産から逸出した財産は,本来,遺産分割の対象にならない。そうすると,共同相続人の間で,遺産分割上の不公平が生じうる。その不公平の是正をしたければ遺産分割外(主として民事訴訟)において解決を図るべきであるとするのも一つの考え方ではあるが,それでは,不利益を受けた相続人にとって手続の負担が大きい。そこで,この問題を遺産分割の中で問題解決を図る方向が検討された。立法論としては,次の3案がありうる。①処分によって受けた利益を共同相続人の特別受益とみなす案。②共同相続人の先行取得による具体的相続分の一部行使(一部消尽)とみなす案。③処分財産の存在を擬制して遺産分割の対象とみなす案。①と②は,超過特別利益が発生した場合の清算の論理が内在していない。③は,超過特別利益が発生した場合において不公平の是正をすることを可能にする論理が内在していることから採用された(部会資料20)。

(4) それでは,共同相続人が自己の遺産共有持分を超えて無権限にて遺産を売却した場合,新906条の2の適用関係はどうなるのだろうか。その類型の無権限処分については,第三者による即時取得等が成立しない限り,所有権喪失が発生しないため,本条の適用対象ではないという否定説(部会資料20・17頁参照)もある。しかし,当該財産が遺産から事実上逸出している限り,取得者である第三者に対する権利主張をしないという前提のもとに,あくまで共同相続人間において解決を図るという態度決定は,認めてよいはずである。また,実務上,遺産分割前の処分が問題になるケースでは、自己の共有持分を超える無権限処分の形態が多く,この類型について同規定の適用を否定したのでは,この規定を設けた意味が極めて乏しいものになってしまう。しかも,否定説によると,遺産共有状態にある動産が無権限に譲渡された事例では,新906条の2の適用を見定めるために,即時取得(民法192条)の成否を詮索する必要が生じるが,第三者である譲受人との関係において合一的な解決が確保されるわけではないことからすると,それは賢明な制度設計とは言えない。否定説は,所有権が喪失されない限り,相続人の合意がなくても,本来的に遺産分割の対象財産になると解しているにすぎず,合意がある場合に分割対象財産として処理することが否定されるわけではない。条文の文言上も,分割前の処分が自己の遺産共有持分を超えている場合を含めて適用する解釈を採ることについては支障がない。

(5)共同相続人が自己の遺産共有持分を超えて無権限にて遺産を売却した場合, 自己の遺産共有持分を超える部分についても第三者への権利移転の効果が発生するか否かにかかわらず,新906条の2が適用されるべき場面に該当し,処分者を除く相続人の合意によって,遺産分割の対象財産とすることができると解する。その場合において,処分者を除く相続人が処分者に対して所有権(持分権)喪失を理由とする損害賠償請求権(又は不当利得返還請求権)の行使をすることについては制約されると解釈すべきであろう。

(2018年11月20日)

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