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- 2018.01.09
賃料増減額請求権の本質について (1)
村 上 公 一
1 賃料増減額請求権の沿革について
(1) 借地借家法11条の地代増減請求権は,借地法(大正10年法律第49号)12条を引き継ぐものであり,借地借家法32条の家賃増減請求権は,借家法(大正10年法律第50号)7条を引き継ぐものである。新法の規定の文言は,旧法に比べて若干の変化があるが,それは,従来から判例上考慮されてきた要素を文言として明確化したものにすぎず,実質的な変化はないと解されている。
(2) 借地法及び借家法が施行される前から,借地契約において地代の増額請求を認めた多数の判例が存在したようであり(大審院大正3年10月27日・民録20輯818頁など)。その実績を念頭に置き,これに減額請求権を加え,かつ借家関係にも制度を広げることによって,借地法12条及び借家法7条が成文化されたものと説明されている(星野英一『借地・借家法』234頁,来栖三郎『契約法』332~333頁,375頁,広中利雄『債権各論講義』[第4版]156頁~158頁)。
(3) 賃料増減額請求権は,信義誠実の原則の派生原理としての「事情変更の原則」に立脚し,これを立法的に具体化したものである。前記大審院大正3年10月27日は,借地関係が長期にわたり公租公課の増徴による土地所有者の負担の増加,土地の隆昌による比隣一般地価の高騰,比隣地代の高騰等地代改定を正当ならしめる事情変更があった場合には,地主が地代の増額を請求することを認める慣習があるとしており,実質的に,事情変更の原則を論拠として述べている。ちみなに,信義誠実の原則は,権利濫用の禁止と同様に,昭和22年の民法改正において条文化されたが,古くから,学説・判例において民法上の法理として承認されていた(大審院昭和19年12月6日判決・民集23巻613頁など。大村敦志『民法読解総則編』13~16頁参照)。このように,借地法施行前の裁判所は,根拠規定が全くない状態で,地代の増額請求を裁判上認めていたことになる。
(4) 賃料増減額請求権が事情変更の原則に立脚していることからすると,もともとの合意賃料額に高低の偏差があっても,そのような「相場との乖離」を是正して平準化することをその制度趣旨とするものではない。あくまで,賃料合意後における賃料増減を相当ならしめる事情の変化があったことを権利発生要件にしている。そのことは,以下のとおり,条文の文言からも知ることができるし,学説判例もその解釈を承認する。
2 賃料増減額請求権の条文の構造について
(1) 借地借家法32条1項本文は,「建物の借賃が,土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により,土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により,又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは,契約の条件にかかわらず,当事者は,将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。」と規定しており,契約後の事情の変化によって「不相当」になったことを前提にしている。そして、「不相当」であることは、賃料増減額請求が成立するための要件事実であり、先決問題として独立に認定判断することを要する。従前賃料と「相当賃料」を比べて少しでも差異があれば増減請求を認めるという関係にはならないはずであるから、差異がありつつも「不相当」ではないという領域があるはずである。
(2) ちなみに,第二次世界大戦後の混乱期における住宅難対策として制定された地代家賃統制令(昭和21年勅令第443号。昭和60年廃止)は,国民の住宅難を解消するために,借主の経済負担の軽減を図るべく,新規地代・家賃及び継続地代・家賃を低く統制し,権利金の授受などを禁止したものであり,契約の自由に対する強行法的な統制法としての性質があった(稲本洋之助ほか『日本の土地法』[第2版]36頁,71頁,95頁,151頁参照)。しかし,言うまでもないことであるが,借地借家法の賃料増減額請求権は,あくまで契約自由の原則に立脚しており,しかも,賃料の増額・減額のいずれにも機能するという意味ではニュートラルな制度であって,社会的弱者を保護する統制法ではない。
3 賃料増減額請求権についての学説について
学説は,賃料増減額請求権は事情変更の原則を借地・借家の法領域において具体化して成文化したものであり,賃料増減額請求権が発生するためには,契約後において賃料増減を相当ならしめる事情変動があったことが必要である旨を異口同音に説いている。
ア 「始めから安かったり高かったりしたのではなく,後になって不相当に「至リタル」こと。賃料決定の時からそれが不相当であっても,それだけでは足りず,その後さらに不相当となったことを要すると解されている。この制度の事情変更の原則の具体的現れとされることから,いちおうこのように考えてよいであろう。」(星野英一・前掲235頁)
イ 「特別法の中には,事情変更の原則と同様の考え方に立って,これを具体化する規定を置いているものがある。...(中略)...賃料増減額請求権(借地借家11条,32条)がその例である。」,「契約当初において義務内容をどのように決めるかは当事者の自由に属するものの,契約継続中の事情の変化に応じて契約内容を修正するという段階においては,裁判所の介入する場面が増えていることが注目される。いわば,「入口は自由だが中に入ると制約がある。」ことになっているわけである。」(大村敦志『基本民法Ⅱ』[第2版]69頁,97頁)
4 賃料増減額請求権に関する判例について
(1) 判例も,契約当初の賃料の不相当は賃料増減額請求権をもってしても是正できないとしている(新版注釈民法(15)642頁,799頁)。
大審院昭和17年2月27日・大審院判決全集9輯23号8頁は,近くに道路ができ市電が開通すると信じたため地代が高かったが,その予想が誤りであった場合に,これを理由とした減額請求を棄却した原判決を支持し,次のとおり判示した。
「本件賃借地附近ヲ貫通スル新道路及市営電車開通アルヘキコトハ其ノ賃料カ契約当初既ニ不相当ニ高価ニ定メラレタル動機トシテ上告人等ニ於テ主張シタルニ止マリ右開通ナキトキハ別ニ相当賃料ヲ協定スヘキ約定ナリシ旨ヲ上告人等カ主張シタル形迹毫モ存セス従テ原審カ所論ノ如ク約定ノ賃料カ土地ノ将来発展ノ見込違ヒ其ノ他ノ事由ニ因リ契約当初ヨリ既ニ不相当ナリシ場合ニ於テモ之ヲ理由トシテ直ニ賃料減額ノ請求ヲ為スコト能ハサルハ勿論ニシテ云々ト説明シタルノミニテソレ以上此ノ点ニ付判断スル所ナカリシハ当然ニシテ何等不法ニアラス借地法第十二条ハ特別ノ事情ニ因リ契約当初ノ賃料ノ定カ不相当ナル場合ト雖所定ノ要件ヲ具備スルニアラサルハ之カ改定ヲ求ムルコトヲ得サル法意ト解スヘク(以下略)」
(現代語化)「本件賃借地付近を貫通する新道路及び市営電車が開通するだろうという事情は,賃料が契約当初すでに不相当に高額に定められた動機として上告人等が主張するにとどまり,これらの開通がないときは別途相当賃料を協定すべき約定があったと上告人等が主張した形跡も全くない。従って,原審が,所論のごとく,約定の賃料が土地の将来の発展の見込み違い,その他の事由により,契約当初より既に不相当であった場合においても,これを理由として直ちに賃料減額の請求をすることができないことは勿論であること等を説明するにとどめ,それ以上にこの点について判断を加えなかったのは当然であり,何ら不法でない。借地法12条は,特別の事情により契約当初の賃料の定めが不相当である場合であっても,所定の要件を具備しないかぎりその改定を求めることができない法意であると解すべきである。」(下線及び現代語化は村上)
(2) 大阪地裁昭和38年9月25日判決・判例時報370号37頁も,契約当初から存在する比隣との差は埋められないとの立場に立ち,標準的な金額よりも低い金額の限度で増額請求を認めた。
(3) 最高裁平成5年11月26日第二小法廷判決・最高裁裁判集民事170号679頁は,「借地法12条1項の規定は,当初定められた土地の賃料額がその後の事情の変更により不相当となった場合に,公平の見地から,その是正のため当事者にその増額又は減額を請求することを認めるものである。したがって,右事情としては,右規定が明示する一般的な経済的事情にとどまらず,当事者間の個人的な事情であっても,当事者が当初の賃料額決定の際にこれを考慮し,賃料額決定の重要な要素となったものであれば,これを含むものと解するのが相当である。」と判示している。
(4) 以上を総括すると,次のことが言える。
賃料増減額請求権は,借地・借家の法領域において事情変更の原則を具体化して成文化された法制度であり,それゆえ,賃料合意時から賃料増減額請求権行使時までの期間において,賃料増減を相当ならしめる事情変動があったことを必要不可欠の要件としており,かつ,当該期間中の事情変動に照応する限度での賃料増減を認めるものである。
賃貸借当事者は,「賃料が高くても借りたい。」とか「賃料が安くても貸したい。」というように,様々な経済事情や希望を有するところ,合意賃料額は,そのような当事者の主観的事情が濃厚に反映するものであるし,そうであってよい。そのようにして,当事者間の交渉の結果、合意賃料額に高低の偏差が発生したとしても,それは,契約自由の原則に由来する結果として法が干渉しないところであって,賃料増減額請求権は偏差を埋めて賃料額を平準化させる制度ではない。つまり,相場に照らして合意賃料額に高低の偏差があることだけを理由として賃料増減額請求権が発生するわけではない。
また,当然のことながら,賃料増減額を認めるには,①賃料増減額請求の当否(すなわち直近合意後の有意の事情変動の有無)及び②相当賃料額の算定という2段の判定が必要であり,①が是認されてこそ,②の判定に進むことができる。
5 最高裁判例について
(1) 平成2年に発生したバブル経済の崩壊と地価の下落傾向は,賃料増減額請求権の解釈運用に関して,いろいろな問題を投げかけた。①地価の右肩上がりを前提にしてきた継続賃料の鑑定評価手法(特に差額配分法)は地価下落傾向においても使用可能なのかという問題のほか,②サブリース(英語の「サブリース」を直訳すれば転貸借であるが,日本では,「転貸を予定した原賃貸借」あるいは「原賃貸借・転貸借における三者関係」を指す。)は,賃料増減額請求権が適用対象となる賃貸借であるのかという問題も生じた。更に,③賃料の自動改定条項がある賃貸借においても,当該条項にかかわらず賃料増減額請求権が行使できるのかという問題も生じた。この点,平成15年以降に重要な判例があいついだ。
(2) 平成15年以降の主要な最高裁判例としては以下のものがある。
ア 最高裁平成15年6月12日第二小法廷判決・民集57巻6号595頁
イ 最高裁平成15年10月21日第三小法廷判決・民集57巻9号1213頁
ウ 最高裁平成15年10月21日第三小法廷判決・判例時報1844号50頁
エ 最高裁平成15年10月23日第一小法廷判決・判例時報1844号54頁
オ 最高裁平成16年6月29日第三小法廷判決・判例時報1868号52頁
カ 最高裁平成16年11月8日第二小法廷判決・判例時報1883号52頁
キ 最高裁平成17年3月10日第一小法廷判決・判例時報1894号14頁
ク 最高裁平成20年2月29日第二小法廷判決・判例時報2003号51頁
6 最高裁判例の理解について
ここでは個々の判例についての論及をしないが,以上の各裁判例は,前述の「事情変更の原則」を基礎にした賃料増減額請求権の趣旨,及びこれを前提にした法解釈を判示している。賃料増減額請求権の制度趣旨及び条文解釈については,判例上,一定の共通認識が形成されているというべきである。
(1) 参考までに,アの平成15年6月12日の判決(サブリースでない借地の事例)における理由の一部を以下に引用する。
「(1)建物の所有を目的とする土地の賃貸借契約の当事者は,従前の地代等が,土地に対する租税その他の公課の増減により,土地の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により,又は近傍類似の土地の地代等に比較して不相当となったときは,借地借家法11条1項の定めるところにより,地代等の増減請求権を行使することができる。これは,長期的,継続的な借地関係では,一度約定された地代等が経済事情の変動等により不相当となることも予想されるので,公平の観点から,当事者がその変化に応じて地代等の増減を請求できるようにしたものと解するのが相当である。この規定は,地代等不増額の特約がある場合を除き,契約の条件にかかわらず,地代等増減請求権を行使できるとしているのであるから,強行法規としての実質を持つものである(最高裁昭和28年(オ)第861号同31年5月15日第三小法廷判決・民集10巻5号496頁,最高裁昭和54年(オ)第593号同56年4月20日第二小法廷判決・民集35巻3号656頁参照)。
(2)他方,地代等の額の決定は,本来当事者の自由な合意にゆだねられているのであるから,当事者は,将来の地代等の額をあらかじめ定める内容の特約を締結することもできるというべきである。そして,地代等改定をめぐる協議の煩わしさを避けて紛争の発生を未然に防止するため,一定の基準に基づいて将来の地代等を自動的に決定していくという地代等自動改定特約についても,基本的には同様に考えることができる。
(3)そして,地代等自動改定特約は,その地代等改定基準が借地借家法11条1項の規定する経済事情の変動等を示す指標に基づく相当なものである場合には,その効力を認めることができる。
しかし,当初は効力が認められるべきであった地代等自動改定特約であっても,その地代等改定基準を定めるに当たって基礎となっていた事情が失われることにより,同特約によって地代等の額を定めることが借地借家法11条1項の規定の趣旨に照らして不相当なものとなった場合には,同特約の適用を争う当事者はもはや同特約に拘束されず,これを適用して地代等改定の効果が生ずるとすることはできない。また,このような事情の下においては,当事者は,同項に基づく地代等増減請求権の行使を同特約によって妨げられるものではない。」
7 不動産鑑定理論の問題
以上、借地借家法の賃料増減額請求権について説明をした。残された大きな問題は、不動産鑑定の問題である。不動産鑑定における「継続賃料」の観念は、賃料増減額請求権の「相当賃料」の観念と同じなのか。不動産鑑定理論が法律の論理に整合しているのか。これらが問われるべきである。この問題は、今後改めて論じることにしたい。
(2018年1月9日)